飲食店のための日本酒研修

SAKE DIPLOMA

最近は料理のジャンルを問わず日本酒を提供する飲食店が増えてきました。当然、そのような店では店主だけでなく、接客や料理を担当するスタッフにも最低限の日本酒の知識が求められます。その知識とは日本酒を注文したお客様に対して、提供する日本酒の特徴を説明できるかどうか、ということ。

お客様に提供する前にスタッフが試飲をして、味や香りに関して自分なりに解釈できることは当然として、それをお客様が理解できるように説明することが飲食店スタッフに求められます。そこで今回は5年間SAKE DIPLOMA試験の対策教材を制作したきた経験と、ひとりの消費者としての立場から、飲食店スタッフに求める日本酒の知識を紹介します。

 日本酒の味の違いを生む要素

日本酒の味の違いがどのように生じるのか、その原因となる主な4要素を理解しましょう。

 酒米

日本酒の原料となる酒米の主な品種を知ることで、そこから生まれる日本酒の味の個性が変わります。特に次の4品種は多くの日本酒で使われているため、その特徴を理解しておきましょう。

山田錦
  • 日本一生産量が多い、酒米の王様
  • 誕生したのは兵庫県
  • 優良酒の多くで山田錦が使用されている
  • 米が溶けやすく、味わい深い酒になる
  • しっかりした質感で、凝縮感のある酒質になる
五百万石
  • 新潟県で生まれた酒米
  • 米が硬く溶けにくいため、淡麗な味わいの酒質になる
  • スリムなボディでさっぱりとした質感
美山錦
  • 長野県で生まれた酒米
  • 米が硬く溶けにくいため、さらりと美しい味わいになる
  • 軽やかでキレの良い酒質
  • バランスの良いボディでなめらかな質感
雄町
  • 日本最古の酒米
  • 誕生したのは岡山県
  • 米が溶けやすく味が出やすいのが特徴
  • まったりとしたふくらみのあるボディ
  • 備前雄町や赤磐雄町など地域名を付けて呼ばれる

寒い地域で作られた酒米は硬く溶けにくいため、淡麗な味わいになる傾向があります。一方で、西日本のような暖かい地域で作られた酒米は溶けやすいため、米の味が出やすく、ふくらみのある味になる傾向があります。

ただし、日本酒の酒質は酒米だけでなく、精米歩合や酒母、酵母など様々な要素によって味が変わることを覚えておきましょう。

 精米歩合

酒米の多くは精米して使用されます。その精米の割合のことを精米歩合と呼びます。例えば精米歩合70%と表示されている日本酒の場合、玄米から30%を削り取った酒米が使用されています。

なぜ精米してから使用するのでしょうか。その理由は、米の表層部に含まれているタンパク質や脂肪を取り除くためです。これらの成分は多すぎると日本酒の香りや味わいを悪くします。最近では精米歩合10%(米の90%を削った)の酒米を使用する日本酒も登場しています。

一方で精米歩合80%以上と米をあまり削らない日本酒も増えています。タンパク質等の成分は旨味成分でもあるため、敢えてその成分を残すことで個性的な味わいの日本酒が生まれます。

 酒母

酒母とは後述する酵母を大量に培養する工程のことです。そして、その酒母は主に3種類あります。

速醸酒母
  • 最も一般的な酒母
  • ラベルに「山廃」「生酛」と表示されていなければ、大体は速醸酒母
生酛酒母
  • 最も手間のかかる酒母
  • 複雑な味の奥行きがありつつ透明感を感じる味わいになる
山廃酒母
  • 生酛酒母造りの「卸」という作業を止した酒母
  • 酸味や苦味がきいた骨太な味わいになる

日本酒のラベルに「生酛」「山廃」と記載されていたら、濃醇で奥行きがあり、インパクトの強い味わいであることが多いと覚えておきましょう。また、生酛や山廃で造った日本酒は酸味が効いていることが多く、その酸味を和らげるために熱燗にして飲むこともあります。

 酵母

酵母とは日本酒の元になる液体に含まれるブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに換える働きをします。簡単に言うと、酵母が糖を食べてアルコールと炭酸ガスに分解します。そして、そこで使用する酵母の種類によって日本酒の香りや味に違いが生じます。

酵母は各都道府県で独自に開発されたものが多く、その全てを覚えることはできません。今回は酵母の中でも最もメジャーな3種類を覚えましょう。これらは協会酵母と呼ばれ、全国の酒蔵で使用されています。

6号酵母
  • 秋田県の新政酒造の「新政」から生まれた酵母
  • 発酵力が強く、穏やかで澄んだ香り
  • 淡麗な酒質になる傾向がある
7号酵母
  • 長野県の宮坂醸造の「真澄」から生まれた酵母
  • 華やかな香りで発酵力が強い
  • 最も販売数が多い酵母
9号酵母
  • 熊本県酒造研究所の「香露」から生まれた酵母
  • 芳香でまろやかな味を生み出す
  • 使いやすく信用度の高い吟醸酵母の定番

どのような酵母が使用されているのかは日本酒のラベルに表示されています。新しい酵母を見つけたら、どのような特徴があるのか調べる癖を身に着けましょう。

 日本酒の味わい

日本酒の味わいは複雑で表現することが難しいのですが、ざっくりと2種類に分けることができます。お客様に日本酒の好みを聞くときは、最初にこの2つの内のどちらがタイプかを聞きましょう。

豊かな味わい
  • 酒米をあまり磨いていない酒(例:精米歩合70%前後)
  • 晩稲の酒米を使用している(山田錦、雄町)
  • 熟成酒
軽やかな味わい
  • 酒米をたくさん磨いている酒(例:精米歩合50%以下)
  • 早生の酒米を使用している(五百万石、美山錦)
  • 醸造アルコールを添加している酒

精米歩合の数値が低いほど、軽やかで、すっきりとした味わいになります(雑味がないため)。ラベルの原材料に「醸造アルコール」と表示されていたら、米と水の他に醸造アルコールが添加されています。これを添加すると香り高く、すっきりとした味わいになります。本醸造酒、大吟醸酒などがそれに該当します。

※種まきから収穫までの期間が短いことを「早生(わせ)」、長いことを「晩稲(おくて)」と言います。期間が長い方がより熟成し、豊かな味わいの米になります。

 日本酒の飲用温度

日本酒は冷やして飲むだけでなく、温めても楽しめる珍しいお酒です。香りを楽しむのであれば10℃前後の冷酒を、甘みを増やして旨味を感じたいのなら40℃以上の熱燗が適しています。ただし、冷やしすぎは逆に香りが抑えられ、温め過ぎは苦みが強くなるため、その日本酒の特徴が引き立つ温度を選びましょう。

熱燗 50〜60℃ 酸味のしっかりした純米酒
ぬる燗 40〜50℃ 辛口の純米酒・本醸造酒
常温 20℃ 純米酒・古酒
冷酒 10℃ 吟醸酒・生酒

熱燗にする場合は、いきなり50〜60℃まで上げるのではなく、一度40℃前後まで温めて味わいを確認しましょう。それでも酸が強すぎたり、キレが悪い場合は5℃刻みで少しずつ温度を上げていきましょう。

 日本酒と料理の相性

ワインと比べると、日本酒は元がお米なだけに、どのような料理にも合わせやすいです。日本酒を白ご飯に見立てれば、どのような料理が合うのかイメージできるはずです。

日本酒でもタイプによって合わせやすい料理と、そうでない料理があります。でも、難しく考える必要はありません。先ほどの「日本酒の味わい」でお伝えした2種類の味わいを覚えていますでしょうか?日本酒には大きく2つの味わいがあります。「豊かな味わい」と「軽やかな味わい」です。

豊かな味わいの日本酒には、豊かな味わいの料理を合わせましょう。軽やかな味わいの日本酒には、軽やかな日本酒を合わせましょう。たったこれだけ知っているだけで、料理との相性が良くなります。

鍋料理で例えると、味噌鍋やちゃんこ鍋のような濃い味の料理には、豊かな味わいの日本酒を合わせます。酒母に生酛や山廃を選んだ日本酒が合うのではないでしょうか。一方、湯豆腐のような淡白な味わいの料理には、本醸造や吟醸酒のような軽やかな味わいの日本酒を合わせます。

また、ワインを料理で使うソースで判別するように、日本酒も料理をどんなソースで食べるのかによって判別します。例えば刺身をしょうゆで食べるのか、塩で食べるかによって合わせる日本酒を変えます。しょうゆであれば豊かな味わいの日本酒を、塩であれば軽やかな味わいの日本酒を選びます。

さらに料理の温度帯によって、合わせる日本酒を変えることもあります。冷たい料理には冷酒を、温かい料理には熱燗を合わせます。熱々の鍋料理を食べている時に冷たい日本酒を合わせると、その日本酒の特徴が消えてしまうからです。

日本酒と料理の相性は、その両方の良さが引き立つように選ぶのが最適です。ただし、味の好みは人それぞれです。スタッフの思い込みで勝手に決めつけるのではなく、お客様の好みを優先しましょう。

 まとめ

今まで日本酒の味の違いを生む4つの要素についてお話しました。いかがでしたでしょうか。たったこれだけの知識を持つだけで、店で提供する日本酒の特徴を押さえることができ、お客様から日本酒の好みを聞き出すこともできます。

日本酒にウンチクは必要ない、と言う人もいますが、それはお客様側の言い分です。飲食のプロが店で提供する商品を知らなかったらプロ失格です。それは飲食だけでなく、アパレルや雑貨店でも同じです。自分の店のブランドに詳しくない店員なんて信用できないですよね。

プロとして信用されるには最低限の知識が必要です。ワインのソムリエが日々勉強を続けているのは信用を維持するためです。それは日本酒であっても同じです。

ぜひ、少しだけ頑張って日本酒の知識を身につけてください。応援しています。

Yasuyuki Ito

Yasuyuki Ito

京都市在住。 日本ソムリエ協会認定SAKE DIPLOMA(2018年度合格/No.2153)、SAKE検定認定講師。(社)日本ソムリエ協会正会員(No.29546)。大学卒業後は(株)マイナビに入社し約10年間、顧客企業の新卒・中途採用領域における採用ブランディング、クリエイティブディレクションを経験しました。30代はワインにハマり、40代は日本酒にハマる。さて、50代は何にハマろうか。

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